野村紘一のフードコーディネーターという職業と自分

野村紘一

さて、今日は野村紘一の

フードコーディネーターという職業と自分

にわかに、フードコーディネーターという職業が注目を集めてきています。
フードの世界は大きく変貌を遂げてきています。

日本料理が世界の各国で人気を集めている現実があり、また、海の向こうの国の料理が日本にいながらにして味わえる時代となりました。

フードの世界において、仕事が細分化され専門化する傾向にある中で、スペシャリストとしての専門性を持ち、それぞれの分野の持ち味を活かしながら調整をかけていくのがフードコーディネーターとしての仕事です。

食の商品開発はもちろん、レストランの立ち上げ、販売促進、メディア対応などと、フードビジネスの最初から最後までかかわっていくのです。

そういった意味では、食をベースにして、人、物、事、そして情報をトータルにプロデュースしていく仕事であると言えましょう。

フードコーディネーターの第一人者の呼び名が高いと自負しているのですが、
小学生の時から料理に並々ならぬ関心があり、中学生になってからは、将来は料理人を職業とすることを決心しました。
高校生ともなると、飲食店で調理現場の仕事の経験を積み、大学時代には調理師免許を取得いたしました。

30歳のときに自分の店を持ち、その後、経営する店を増やしていく中で、フードコーディネーターの資格をとったのです。
今後も、独自の感性でもって、新しい料理の世界を切り開いていきたいと思っています。

 

料理が世界にもたらした業績は絶大

食に関するスペシャリストとしてフードコーディネーターが注目を浴びています。

それだけに、仕事の現場においては、プロとしての考え方を求められることもしばしばです。

テレビ番組で料理が紹介されるにあたっても、料理がおいしく見えるような工夫とか、番組だけのオリジナルメニューを作成したり、レストランへの集客のためのPR方法を考えたり、非常に広範囲の仕事を持っています。

要求に応える仕事をするためには、自分の持っている感性を活かして、食に関する思いや考えを的確にアピールしなければなりません。

プロであることの厳しさはありますが、それだけに、クライアントから賞賛を受けたり、仕事ぶりをほめてもらえたときの喜びは、言葉には尽くせないものがあります。

フードコーディネーターとしてのやりがいを感じるのは、自分の提案や成果を評価してもらえたときが一番です。
企業には所属せずに働いている人が多いフードコーディネーターは、変化の多い環境で仕事をしています。

同じクライアントからの撮影の仕事であっても、季節が違っていれば、あるいは企画が別のものであれば、求められる料理メニューも変わってくるのは当然です。

ルーティンワークがほとんどありませんので、今までには経験しなかったことにチャレンジしていきたいという人には、とりわけ大きな充足感のある仕事です。私は、根っからの料理人です。

30歳で自分の店を出して、さらに複数の店の経営を手がけるだけでは飽き足らず、より上を目指そうと、フードコーディネーターの資格を取得しました。

私をつくったのは料理といっても過言ではありません。

 

料理への貢献は非常に大きい?

食の専門家であるフードコーディネーターに、いま熱い注目が集まっています。
食の楽しみ方や良好な食の環境を提案するエキスパートとして、フードコーディネーターはその存在感が明確になってきています。

仕事の範囲は非常に幅が広がっていて、飲食店の起業や、レシピ作成、料理番組・雑誌の料理コーナーへの出演、料理教室の運営などと、多彩な活躍をしています。

フードコーディネーターの代表的な仕事とは、テレビの料理番組で、アナウンサーやタレントに手順を伝えながら料理を作っている場面がありますが、これもメインの業務の一つです。

また、雑誌の料理の部で掲載されているレシピを考えるのも、仕事の一つです。

さらに、食品メーカーが商品開発を行うにあたって、世の中のニーズが何なのか、何が実際に売れているのか、などというマーケティングや販売促進の企画・立案、また、PR手法の検討にかかわることもあります。
ほかにも、飲食店のメニュー作成や店舗プロデュースを手がけることもあります。

また、料理教室の運営に際して、みずからが講師を務める場合も多いです。
このように、食に関するあらゆる仕事をカバーしているのです。