野村紘一のフードコーディネーター活動を振り返る

野村紘一

私、野村紘一のフードコーディネーター活動を振り返ってみたいと思います。

このカテゴリでは、フードコーディネーターに関連する記事を書いていきます。

 

フードコーディネーターになるきっかけ、ビジョン

私は、大学進学を機に都会で一人暮らしをはじめましたが、それまではいわゆる田舎で育ちました。

祖父母と同居する三世代住宅で、家の周囲は畑に囲まれているようなのどかな場所に実家があります。両親は仕事をしているので合間に畑仕事をお手伝いしていますが、祖父母は専業農家なので、米や野菜、果実などあらゆるものを作っています。

小さいころから採れたての新鮮な野菜を食べさせてもらっていたので、都会で食べた野菜の味が薄いことにびっくりしました。

比較的高級なレストランであっても、野菜の鮮度はあまり良くないことに気付き、今までは恵まれた環境にいたことがわかりました。

そして本当においしい野菜をもっと多くの人に知ってもらいたいと考えるようになり、実家から段ボール箱いっぱいに詰められておくられてくる野菜を使って、同じように一人暮らしをしている友人たちに料理を振舞うことにしました。

質よりも量を重視する若者たちでしたが、それでも味の違いは明確なようで、こんなにおいしい野菜を食べたのは初めてだと言って感激してくれました。

食べながら笑顔になってもらうことのうれしさを実感したは、さらに料理に力を入れるようになりました。将来は料理人、もしくはフードコーディネーターになりたいと考えたきっかけかもしれません。そして、これだけ感激してくれるということは野村紘一という看板で料理を出せるのではないかとも思ったのです。

フードコーディネーターになってのビジョンは、食材の鮮度の大切さや旬のものが体に良いことなどを多くの人に知ってもらう機会を作りたいと考えています。

 

フードコーディネーターを目指す同級生

一人暮らしをはじめてから、節約のために、そして栄養バランスのとれた食事をするために自炊をすることにしています。スーパーに買い物に行って食材を選んで調理をしますが、いつも思い出すのが高校の時の同級生です。

同じクラスで机が隣だったことから会話をするようになりましたが、彼はフードコーディネーターになりたいという夢を持っていました。

彼の母親が料理教室をひらいていて、小さいころからそこでお手伝いをしていたようです。しかし料理を作ることよりも、フードコーディネーターとして栄養バランスを考えたり、盛り付けにこだわりたいという夢を持っていました。

その頃は、将来について漠然としたものしか描くことができなかったので、彼のような確固とした夢を持っているのはすごいと尊敬していました。その後、彼は夢を実現し、今ではフードコーディネーターとして働いています。

料理本などを見ると彼の名前が掲載されていることがあり、別々の道に進んだものの、頑張っていることがわかり嬉しい気持ちになります。

私も料理をするたびに、彼が紹介している盛り付け方を実践するようにしています。外出する時に自分で作ったお弁当を持っていくこともあるのですが、彩りや配置を工夫しておかずをつめることで、いつもお弁当の蓋を開けるときに嬉しさを感じます。生徒からもいつもおいしそうなお弁当ですねと褒められるので、心の中でフードコーディネーターの彼のおかげだと感謝しています。

 

寂しがり屋が料理好きにさせた?

両親と兄妹だけでなく、祖父母と叔母さんと小さいころから一緒に暮らしていたので、家の中にいたら寂しいと感じることはありませんでした。いつも誰かが家の中にいて、話し相手になってくれるので、それが当然だと考えていました。

しかし大学進学を機に一人暮らしを始めるようになると、一人で過ごす時間が増えてしまい、孤独を感じるようになりました。

寂しいという感情は、気持ちが落ち込んでいるとさらに負のループに陥ってしまうと考えたので、できるだけ一人にならないようにしました。休日は友人を家に招いてホームパーティーを行うことにしましたが、は元々、料理を作ることや人をもてなすことが大好きだったので、自分で食材を購入して腕を振るいました。

ホームパーティーに参加した友人たちは、が作った料理はおいしいだけでなく、見た目も綺麗だと褒めてくれました。確かに料理の内容に合わせてお皿を選んだり、おいしく見えるように盛り付け方を工夫するようにしていました。

料理は味だけではないということを教えてくれたのは、あるフードコーディネーターでした。テレビでそのフードコーディネーターは、料理は舌だけでなく目でも楽しめるようにするとよいと話していたのを聞き、それを参考にして盛り付け方などを勉強するようになりました。

少し工夫しただけでも、印象が全く異なってくることがわかったので、料理というものは奥が深いものだと考えています。